はしもとみおさんの個展を見に、ヤマザキマザック美術館へ行った話

猫

先日、はしもとみおさんの個展である「木彫りどうぶつ美術館」を見るためにヤマザキマザック美術館へ行ってきました。

私はわりとよく美術館に行くほうなのですが、実はアートに造詣があるかというと、むしろそうではありません。

それでも、ある事を意識するために美術館に足を運んでいる、と言った方が正しいかもしれません。

音楽をしている私が、あえて美術館に行くその理由にも触れてみたいと思います。

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はしもとみおさんの個展「木彫りどうぶつ美術館」(ヤマザキマザック美術館)

猫

駅に貼ってあったはしもとみおさんの個展のポスターを見かけて、思わず行ってみたいと思ったことがきっかけでした。

元々、私自身が動物、特に犬が好きなこともあり、目に留まったのかもしれませんね。

木彫りどうぶつ美術館では、写真を撮ることも可能でしたし、実際彫刻に触れることもできましたよ。

展示されているフロアには、たくさんの動物達がいるのですが、その彫刻の動物達の愛嬌のある表情が、まるで彫刻とは思えない程リアルな感覚を感じさせるものでした。

私もそうだったのですが、動物の彫刻に、実際にお客さん達が触れる時、まさに本物の犬や猫に触れる時のように触れていたことが印象的でした。

それほどに、見ている人にとってリアルな感覚を思い出させるのではないかなと感じます。

私のつたない言葉だと、なかなか作品の良さが伝わらないのがもどかしいですが、、、

はしもとみおさんの作品や世界観は、是非ホームページや、YouTubeで見て頂ければと思います。(でも、やはり実際に美術館に足を運んでもらいたい!)

Mio Hashimoto’s sculpture works of wooden animals, with funny music

はしもとみおさんホームページ → 

(ホームページ内の、こちらのブログ記事が個人的にとても好きです → 「こどもたち画伯につたえたい10のこと」

どうして私が美術館へ行くのか?それがどう音楽に影響していくのか?

ペット

実は音楽をやっている私が、どうして意識的に美術館へ足を運ぶかということなのですが、それは「答えのないものに触れて、自分が感じる感覚をそのままに感じる練習をしているため」なのです。

具体的に言うと、例えば音楽で作曲をするにしても、ある程度こうした方がいいという決まり事や技術はあるのですが、そこから個性やオリジナリティを決めていくのは、言葉では説明しきれない抽象的な部分にあるような気がしているからです。

 

普段、音楽インストラクターとして、作曲の方法などを説明している機会が多い中、言葉で説明できる技術のみで曲を作ろうとすると、どこか作った人の姿が見えない作品が出来上がることが多い気がしています。

それでは技術のみで表現しきれないその空白部分は何で埋められているのかと考えると、それは何とも言葉にはできない空気感だったりするのです。

その空白部分が何で埋められているのかは、作っている人がこれまでに体感してきたことだったりするのかもしれません。

そこには、ひとつだけの答えがあるわけではなく、むしろ複数の答えだったり、複数の表現が混沌と混ざっているものだったりすることもあります。

だからこそ、私の場合ではありますが、あまり自分自身が詳しくない美術という分野の作品に触れることで、「言葉にはできないけれど何か心に響く」だったり、見た作品から感じるイメージを、あえて感覚的な部分だけでつかむ練習をしています。

 

音楽の表現にしても、正解が無数にある中から「自分はこれを選ぶ」と決めなければいけない時が何度もあるので、誰か他の人が正解と言ったから納得する、という感覚で選んでいくと、正直厳しいと感じることがあります。

今回は、アートというエリアでの例でしたが、もちろん音楽の分野で言えば、ライブやコンサートを見に行って、それをただ感覚だけで感じるという事も大切だと思います。

答えが一つに定まっていないということは、選ぶ立場からすれば不安な部分もたくさんあるのですが、不安を抱えながらも自分で責任を持って選ぶ勇気を持つことができれば、きっと一生をかけて音楽に向き合っていっても、絶えず飽きることはない気がします。

少しでも深い所での楽しみを味わいたいからこそ、色々な芸術の世界に触れて、自分の感性を磨いているのかもしれませんね。

あなたにとって、自分の感情や感性を揺らすものとの出会いを楽しんでもらえると良いなと思います。

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